仮説86:各話分析(26)
『翔べ!愛の世界へ』について

いよいよ「ムーの白鯨」も最終回です。
前回、アトランティス大陸が海没して、全てを失ったザルゴンは、自らザルゴン要塞で出撃してきます。
対して、剣たちの力を借りてザルゴンを追い詰めたラ・ムーは、剣たちを操縦カプセルごと脱出させザルゴンと対峙します。

あくまで力だけを信じるザルゴンに反論するラ・ムー。
「力を持たぬ者、弱い者がいたから、力が全てなどと言っていられるのだ。だが、次々と人を殺し、お前一人地球に残ったとて何になる。力とはそんなものではない。力を持たぬ者、弱い者、そうした者たちが生きて行ける世の中にすることこそ、人間のすべきこと、神から力を与えられた者のすべきことだ」
「ならば言ってやる。人間の歴史で争いのない時代はあったか!?力が支配しない時代はあったか!?お前の言っていることなど所詮は戯言、人間ある限り、力の強い者が生き残り、支配してゆくのだ!」
ザルゴンの論理はある意味、真理です。しかし、それは人類の発展を放棄した意見とも言えます。
「今までの地球の歴史はそうだったかも知れん。だがワシは信じる。ワシの意思を継ぐ若者たちの、本当の力を」
地球の未来を背負ってザルゴンに挑む白鯨、ラ・ムー。しかしザルゴン要塞の圧倒的火力の前に、白鯨は次第に劣勢になり、傍で見守る剣たちの操縦カプセルともども宇宙空間まで飛ばされてしまいます。
そんな瀕死の白鯨に、更にとどめを刺そうと迫るザルゴン。
ラ・ムーを救うため、操縦カプセルからラ・グリルの力を送る剣たち。剣、譲、麗、信、学が操縦球を掴み、更にミューが信の手の上から操縦球にしがみ付く様に力を込め、そしてマドーラも剣の手の上に手を添えて祈りを込めます。
操縦カプセルから放たれたラ・グリルの力に包まれ、瀕死の白鯨は、変身を重ねたメカニカルなその姿を元の生物の姿に戻し、ザルゴン要塞に突撃します。
更にザルゴンが放つビーム砲火の嵐を剣たちの放つラ・グリルのパワーは完全に防いでいました。それはザルゴンが一笑に付したラ・グリルのパワーがオリハルコンのパワーを凌駕した瞬間でした。
ラ・グリルのパワーに包まれたまま、ザルゴン要塞に体当たりを敢行する白鯨。
ザルゴン要塞の爆発により、操縦カプセルごと宇宙空間から更に弾き飛ばされる剣たち。そして白鯨の姿は、宇宙の彼方へと消えてゆきました。
薄れゆく意識の中、マドーラはラ・ムーの別れの言葉を聞きます。
「ワシの役目は、もう終わった……」

そして剣は、波の打ち寄せる海岸で意識を取り戻します。
見覚えのない海岸、そこで剣は譲・麗と、そして学、信と再会を果たします。しかし未だ姿の見えないマドーラとミューを探し回る内、剣たちはそこがイースター島であることに気付きます。
海岸に転がるモアイ像はともかくとして、丘の上に半ば埋もれた海底神殿が大きく傾いた地盤の上に建っているところから察するに、アトランティス大陸の海没を契機として起きた地殻変動で、海没していたイースター島やその周辺が、以前より更に高く隆起したものと思われます。
あくまで想像ですが、隆起した大地はかつてのムー大陸に匹敵するほどのものではないでしょうか。
その廃墟の片隅で、剣はミューを発見します。しかしその傍に横たわるマドーラには息がありませんでした。
人間を棄てて3万年の時を超え、地球を救うために孤独に生きてきたマドーラ。ついにザルゴンを倒したのに、その代償のようにマドーラの生命を喪うことになろうとは……。
あまりの悲しみに打ちひしがれる剣。しかし、その腕の中でマドーラは再び目を開きます。しかも、サイボーグではなく普通の人間の女の子として!
出来すぎた展開ではありますが、それは剣のラ・グリルのパワーが起こした奇跡だったのか、それともラ・ムーが最期に残した贈り物だったのか……。
しかしここでは、3万年の時を越えて生きながらえるという生命の掟を破る存在となったマドーラが、普通の時を生きる存在へと戻るためには、一度本来の運命である死を迎えた上で再生する必要があったと解釈すべきかも知れません。

やがて海岸に集まる一同の前に、白鯨の姿が幻のように現れます。
白鯨との最期の別れに、剣たちはこれからの人生の誓いを立てます。
剣「ラ・ムー、あなたが俺に教えてくれた事は、きっと生かしてみせる。地上に生き残った人たちと力を合わせ、きっと作ってみせる。皆が幸せになれる社会を!」
譲「俺は畑を耕す。荒れ果てた大地の上に必ず作物の芽を出させてみせる!」
麗「私は地球を緑でいっぱいにしてみせます。そして家を作ります。親を亡くした子供たちを集めて、一緒に暮らします!」
信「僕は動物たちと暮らします。物言わぬ動物たちが、人間と住める地球にして見せます!」
学「ラ・ムー、勉強します。人間を豊かにする、人間を幸せにする科学の勉強をします!」
マドーラ「お父さま、見ていてください。ムーの豊かだった暮らしを、生き残った人たちに伝えてゆきます!」

実際には彼らの未来はそう簡単なものではないでしょう。
アトランティス大陸の地球帰還、そして海没の過程で、地球の環境は激変し、社会基盤が失われたのみならず、ほとんどの人々は死に絶えたと考えるべきです。
生き残った人々がいくらかいたとしても、それはアトランティスによる大虐殺を経験した人々と、帝国の後ろ盾を失ったアトランティス人とであり、彼らが分かり合うことなど簡単にはできないでしょう。
だから剣たちの誓いは子供の論理、理想論、ザルゴンに言わせれば戯言ということになります。
いや、だからこそラ・ムーは、その最期の言葉で「例え辛く、苦しくとも……」とムーの子供たちの未来に待ち受ける苦難を予見したのでしょう。
そんな苦難を越えた先にある、目指すべき理想の未来を信じて進もうとする子供たちの姿で、この物語は幕を閉じます。
この最終回の仮題は「白鯨は心の中に……」となっていましたが、これではいささか後ろ向きです。
やはり、未来を見据えた「翔べ!愛の世界へ」こそ、このラストシーンにふさわしい秀逸なサブタイトルと言えるでしょう。

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