仮説76:各話分析(16)
『白鯨の涙』について

この16話、『白鯨の涙』はムーの白鯨全26話の中で唯一、政治的内容の絡んだお話です。
オリハルコンを取り戻して圧倒的優勢に立ったアトランティス。コンドラは全地球に降伏勧告を行ないます。
そして国連に対してムーの生き残り、白鯨の捕縛・引き渡しを迫ります。
ここで疑問なのは、国連やその他の地球の人々が、白鯨の存在を知っていたのかどうかという点です。
これまで国連が白鯨に協力するような場面は描かれませんでしたので、知らなかったのではないかとも思えます。
その一方、アトランティスの動きを阻止するため世界各地に移動する際に、白鯨が各国の軍に迎撃されるようなこともなかったことを考えると、何らかの協力関係はあったと考えることもできます。もっとも、アトランティスの襲来によって各国の迎撃態勢が充分に機能していなかった可能性もありますが……。
ここで初めて知ったとしても、国連はアトランティスの要求に対して何らかの対応を行なわざるを得ません。
剣たちも対応を考える中、プラトス率いるアトランティス地球占領軍部隊が乗り込んできます。
迎撃に向かった剣たちでしたが、交渉を前に敵を刺激することは得策ではないと考えたからか、国連軍本部から警告が出され、アトランティス軍に手出しすることができません。
まるで無視するかのように白鯨の横を平然と通過するアトランティス軍。その旗艦からプラトスが漏らした一言、「今日の白鯨は小さく見える……まるで負け犬のように……」が、どこか寂しげです。

国連本部へラ・メールと共に交渉に赴くプラトス。その前に再び現れる剣たち。
圧倒的不利な立場になってもなお戦意を喪失しない剣たちでしたが、その横で邂逅を果たすマドーラとラ・メール。
人知れずお互いを意識する二人でしたが、この回ではまだ伏線でしかありませんでした。
一方、なかなか降伏に応じない国連に業を煮やしたコンドラは、最後通告を突きつけます。
オリハルコンパワービームの計画を知っているプラトスは、無益な犠牲を望まず、
「地球側が、正しい選択をするよう祈るだけだ……」
と文字通り祈ることしかできません。

しかし、オリハルコンパワービームの実射実験で国連軍基地が一瞬にして蒸発。国連はアトランティスに対して無条件降伏することに決定。プラトスにしてみれば尊い犠牲の下、地球側は「正しい選択」をして、それ以上の犠牲は出ないはずでした。
アトランティス軍が見守る中、国連軍艦隊がイースター島を包囲、島を訪れた司令官から白鯨の引き渡しを要求されます。
この司令官、中盤のアトランティスとの交渉の段階で降伏に反対の意思を示していたことから、苦渋の選択であったことは明らかでした。
旗艦から様子を見守るラ・メールの発した一言は、彼女がそれと知らずに自らの立場を潜在的に意識した言葉として注目されます。
「もし降伏したら、白鯨ラ・ムーやマドーラはどうなるんですか?」
普通に考えれば敵の心配をするようなことは考えられません。この時点ではラ・メールは自分がラ・ムーの娘であるという事実を知らないわけですから、無意識の内に肉親へ想いを馳せたといったところでしょう。
その台詞の不自然さに気付かないプラトスの鈍感ぶりもかなりのものですが……。
「敵とはいえ、ムーの最高指導者とその娘だ。それなりの扱いがされるはずだ」
……などと甘すぎる予想を立てる辺り、相変わらずのお坊ちゃんぶりです。
「コンドラ様がするかしら……」
と、ラ・メールの方が現実を理解しています。

一方、ムー側はというと、結局味方にさえ見捨てられた現実に意気消沈する一同でした。
これがもし15話、全員の意思がバラバラになった状態で起きていたなら、あっさりと降伏していたかも知れません。
しかし、再び決意を固めた彼らにとって、悩むまでもなく結論はひとつでした。
つくづく、アトランティスは最終的勝利への最大のチャンスを逃していたことになります。逆に言えば、運はムーに味方していたということになりましょう。
回答期限寸前に国連軍艦隊の前に飛び出した白鯨。降伏かと思いきや、対決姿勢を見せます。
といって、国連軍艦隊を攻撃することはできません。バリアを張り、国連軍艦隊から降り注ぐミサイルをただ耐え続ける白鯨。
「俺たちの意思はひとつ。絶対に、アトランティスの言いなりにはならない。最後まで、この白鯨とともに戦うことを奴らに見せてやるんだ」
味方であるはずの国連軍の攻撃に晒され、反撃することもできずただ耐えるしかない、愚かな選択……そう思いつつも、プラトスには白鯨の姿がこれほど美しく見えたことはありませんでした。それはプラトスが、彼らの中にある誇りを見たからに他なりません。
そして同様に彼らの姿に打たれた国連軍司令官は攻撃中止を命じます。
「ワシにはあの巨大な生物が泣いているように見える……例え地球の平和を守るためとはいえ、戦わずして屈辱の道を選んだ我々に抗議して、泣いているようにな……」
攻撃が止むとともに白鯨の目からこぼれ落ちる涙。その涙が陽の光に照らされ現れた虹が、白鯨の巨体に写り込み、更にムーの紋章が浮かび上がります。白鯨の二度目の変身です。
そのまま戦うことなく上昇してゆく白鯨をみつめ、剣たちの決意を理解したプラトスは自身の手での決着を心に誓うのでした。
その際の白鯨が、周囲の爆撃機がゴマ粒に見えるほどに巨大で、スケールを誤ったのかと思ってしまいますが、これは剣たちの決意を示すための演出と考えるべきでしょう。いみじくもプラトスが大部隊を率いて乗り込んできた際に漏らした「今日の白鯨は小さく見える……」という一言と対照的です。
その一方、白鯨が国連軍艦隊の前に飛び出してくるシーンは横幅だけで数kmはありそうに見えるのですが、これはバンクセルを用いたことによるミスでしょう(笑)。
なお、国連軍司令官は攻撃中止の責任は取ると言い切りますが……どう考えてもこのまま収まるとは思えないのですが、どう責任を取ったのか気になるところです。ま、プラトスが地球占領軍司令官の立場でコンドラ以下のアトランティス上層部を説き伏せたというのが妥当なところでしょう。

この16話、仮題の段階から『白鯨の涙』で、まさにこれ以外のサブタイトルは考えられないといったところでしょうか。
また、主人公である剣たち自身はまったく戦闘をしていないという、何ともムー白らしい1本でした。

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