仮説58:剣とマドーラについて

「ムーの白鯨」の主人公・剣と、トップヒロイン・マドーラ。物語の根幹をなすカップルです。
当初は3万年前のムーの生き残りであるマドーラに対して、自分は戦いに巻き込まれた一般人だということで、剣はどこか距離を感じていたようでした。
そもそも、剣にはアトランティスと戦う動機がなかったのですから当然です。
3話において故郷がアトランティスにより壊滅させられ、ここで初めて剣にも戦う動機が生まれますが、あくまで私怨によるもので、3万年前から続くムーとアトランティスとの因縁など、剣にとっては我関せずといったところだったでしょう。
しかし4話でラ・ムーにより3万年前の世界を見せられ、自分の前世がムー戦士であり、マドーラと恋人同士だったことを知って、剣の中で何かが変わったのだと思います。

一方、マドーラは物語が始まった時点では剣に対して特別な想いを持っているようには見えませんでした。
それは当初、彼女が心を失っていたことや、剣の前世であるケインと恋人同士であったことが明らかにされていなかったことによるものです。
4話で3万年前の事実が明らかになり、ここで剣は初めてマドーラの苦しみを理解し、その閉ざされた心を開いてゆくことになります。

とはいえ、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
3万年の時を超えて再び愛する魂に巡り会った少女。しかし既に心を失っていた少女は、その再会を喜ぶことさえできませんでした。
笑顔を見せたりすることは何度かありましたが、それは周囲の人間と接するために礼儀として行なうような、どこか作りものめいた表情でしかありませんでした。
人間が当然持っているべき喜怒哀楽の心、怒りの感情は彼女の本質からは似つかわしくないとしても、喜びや楽しみの感情を機械的にしか表せなくなった、マドーラ。
残る感情は哀しみですが、図らずも剣がマドーラに味わわせた哀しみの感情が彼女の心を取り戻すきっかけになったことは、実に皮肉なことでした。
まず最初にマドーラが見せた哀しみの表情は、5話で剣がマドーラの手料理をけなす(!)シーンです。
このシーンを見て剣に殺意を覚えたマドーラファンも少なくないと思いますが(怒)、事情はどうあれマドーラが初めて人間的な表情を見せるシーンです。
続く6話冒頭のシーン、古代食が口に合わずホームシックになっていた剣から浴びせられた辛辣な言葉、その中の何気ない一言が、マドーラの心を大きく揺さぶることになります。
父のテレパシーをキャッチできない状態に陥ってしまったマドーラは、この時点で既に心を取り戻していたのでしょう。
ラ・ムーに源を発する予知能力を使えなくなりながらも、剣の危機を捉えたマドーラ。その危機を回避することはできたものの、その代償のように父、白鯨ラ・ムーを失うことになります。
父を失った哀しみ、そして7話において、その父が復活した喜び……「哀」に続いて「喜」の復活です。
その次の8話冒頭、無人島での束の間の休日を楽しむ彼ら……完全に心を取り戻し、剣と二人きりの時を過ごして、剣が「いつもと違う」と指摘するほどに豊かな「楽」の表情を示すマドーラ。
しかし次の瞬間、剣の何気ない一言によって幸福の絶頂から急転直下、奈落の底に突き落とされてしまうマドーラの姿に、悪気はなかったとは言えマドーラファンの怒りが爆発したとしてもやむを得ないことでしょう(怒)。

それはともかく、8話冒頭の時点でマドーラの剣に対する想いは既に確固としたものになりつつあるようでしたが、一方の剣はというと、相手はこの世に二人といない美少女ですし、しかも自分の前世の恋人ということもあって意識はしていたでしょうが、確固とした想いにまではなっていなかったように思えます。
マドーラの剣に対する片想いと、剣のマドーラに対する淡い想い……それが二つの片想いへと変化するのは、この8話でマドーラが抱える重い秘密を剣が理解した瞬間からだったのではないでしょうか。
そして12話、危機を乗り越え二つの片想いが一つの想いとなって結ばれる姿は、「ムーの白鯨」前半のクライマックスにふさわしい盛り上がりとなっています。
この二人の強固な絆は、15話、16話で孤立無援となっても引くことなく戦い続ける剣の決意を生み、17話以降、マドーラの生き分かれの姉であるラ・メールがアトランティスにいることが分かった後、剣がマドーラを支える強さの元となりました。
そして最終話、マドーラが人間でなくなっているというあまりに大きな障害を排除できたのも、二人の絆によるものと言えるでしょう。

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