仮説51:マドーラについて

華奢な肢体と腰下まで伸ばしたウェーブのかかった青色の美しい髪、そして足元まで届く薄衣を身にまとった美少女。
清楚にして可憐、優美にして繊細、それでいて芯にはどんな嵐にも折れない強さを持った美少女。
聖乙女と呼ばれ、儚げな中にも神秘的な魅力を秘めた美少女。
ときには凛々しく、またときには頼りなげに、数奇な運命に翻弄されながらもそれに抗い生きる気高き美少女。
「ムーの白鯨」のトップヒロイン。それがマドーラです。

3万年前、ラ・ムーの娘として生を受けた彼女は、双子の姉、ラ・メールがアトランティスに人質として取られた後、恐らくラ・ムー夫妻にとって最後の希望となったであろうことは想像に難くありません。
彼女自身は17話までラ・メールが実の姉であることを知らなかった――あるいは、引き離された時期があまりに幼すぎたために忘れていた――ようでしたが、それゆえに彼女は、無垢なままにラ・メールに注がれるはずだった分の両親の愛――ラ・グリルのパワーをも、一身に受けて育ったということが言えると思います。
だからこそ、彼女があれほどの愛溢れる少女に育ったと言っても過言ではないでしょう。

アトランティスの侵攻によって滅びつつあったムーでしたが、そんな不穏な中でも、彼女はムー戦士長・ケインと束の間の愛を育みます。
しかしあまりにも不幸な時代、彼女の切ない想いが叶うことはありませんでした。
ケインはアトランティスとの戦いの中で帰らぬ人となり、ラ・ムーは自らの命をかけてアトランティスとの戦いをリセットする最終手段に訴えます。
そしてラ・ムーの預言により3万年後のアトランティス復活と共に、ケインの精神そのものを受け継ぐ者が出現すると知ったとき、マドーラの心は決まったのでしょう。
それは自らが心を失い、人間としての肉体を失ってでも、愛したケインと歩む道を同じくするということでした。
もっとも、それは唯ケインのことがあっただけでなく、ラ・ムーの娘としての責任感のなせる業だったのかも知れません。
そしてそれは、マドーラにあまりにも過酷な運命を課すことになるのです。
遥か悠久の時を隔てて、再び愛する魂に巡り逢った少女……しかし、少女は既に人を愛する心を失っていました。
傍目には不幸の中にいても、少女自身はそのことを嘆く心を失っていたのですから、もしこのままであったなら、彼女が苦しむことはなかったかも知れません。
しかしどんなに時を超え、その身が変わり果てても、その奥にある魂はお互いに惹かれ合ったのでしょう。
剣の心が徐々に開いてゆくと共に、決して融けない氷に閉ざされていたかのように思えたマドーラの心も、響き合うように人間の心を取り戻していったのです。
それはマドーラにとって、新たな苦しみの始まりでもありました。
既に人間でなくなっている自分……3万年前に覚悟は決めたはずなのに……歴然とした事実がマドーラの心を責め苛みます。
そんな少女を救ったのは、やはり剣の存在でした。
この剣とのことについては、項を改めて論じることに致しましょう。

さて、剣と心を通い合わせたのもつかの間、再び少女を苦しめることになったのは敵側に居るラ・メールの存在でした。
3万年前、幼いうちに引き離された双子の姉……もしかしたら自分がその立場に居たかも知れない、もう一人の自分……。
一緒だった頃の記憶などほとんど残ってはいなかったでしょうが、ラ・グリルの化身とも言うべきマドーラにとって、共有した時間の長短など関係なかったのでしょう。
ラ・メール側との認識の違いにより、マドーラの想いが一方通行的なものだったために、後半におけるマドーラのラ・メールに対する行動がいささか空回りぎみとなっていることは否めません。
後半のストーリーがプラトスとラ・メールの悲恋に重きを置いたものとなっているので仕方のないことですが……ただ、幸福に向かいつつあるマドーラの存在が、悲劇の結末に向かうラ・メールの悲劇性を更に高めることになっているのは皮肉なことです。

苦難の末にようやく助け出したラ・メールは、自らの意思で再びアトランティスへ戻って悲劇の結末を迎え、そして父、ラ・ムーもザルゴンとの最終決戦で役目を終えて去ってゆきます。
しかし肉親の死を乗り越えたとき、マドーラは再び人間に戻り、晴れて剣と結ばれることになります。
戦いで荒れ果てた大地を復興するために誓いを立てるムーの子供たち。マドーラの役目は、ムーの豊かだった暮らしを生き残った人たちに伝えてゆくこと……。
多くの不幸を超えた先に幸福をもたらす青い鳥、それがマドーラだったのではないかと思えます。

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