ヴァルター戦記

5.空戦

基地を飛び立って1時間半、フェリアスはアトランティス基地を肉眼で確認した。

東西の山脈に挟まれた盆地に設置された基地は、少なくとも遠目には平穏に見える。

フェリアスは僚機に無線で声をかけた。

「おい、ブリアス。そろそろ帰ろうぜ。あまり近付き過ぎて墜とされちゃシャレにならん」

「ビビるなよ。周囲一回りくらいしてからにしようぜ」

二人の駆るジェット戦闘機は音速の2.5倍を出せる、旧世界では最新鋭の機体だった。

“旧世界”という言い方もフェリアスには気に食わない。

こちらに言わせれば、何万年もの昔から時を越えて出現した連中の世界の方が旧世界だと思うのだが…しかし機体の性能差は認めざるを得ない。

連中が本気になればこちらは簡単に壊滅させられてしまうだろう。

一応、中央政府と連中との間には和平協定が結ばれているが、フェリアス達の基地ではアトランティスとの協調を認めず敵対を表明している。

だからといって何ができるわけでもないが、大規模な攻撃こそないものの小競り合いは度々起きているのだ。

和平協定のこともあり、襲撃の犯人は他の部隊だと連中は主張しているが、アトランティスの言うことなど信用置けないし、また距離的に他の部隊からの攻撃の可能性は薄い。

いずれにしても自衛策を考え、基地では訓練飛行を兼ねて定期的に偵察飛行を行うことにしている。

昔なら人工衛星で監視できたのだが、戦時中にほとんどが撃ち落とされてしまった。

視認できる距離だから連中もこちらに気付いているはずだが、迎撃機一機すら上がってこない。まあ、こちらが何もできないのがわかっているので気にもとめていないというのが実際のところだろう。

二人は基地を横目に見ながら周囲を一周して帰路についた。

今回の偵察飛行も無事に終わった…アトランティス基地が見えなくなり安堵したのもつかの間、後部レーダーが電子音を鳴らした。

「何だ?」

後ろを振り返ると、いつの間にか小型戦闘機三機が迫っていた。

慌ててアフターバーナーを全開にすると機体はあっという間にマッハ2を越える。だが、向こうの方が優速だ。

とっさに機体を横転させて避けた二機の間を矢のように追い抜いた小型戦闘機はすぐに反転して正面からビームを撃ってきた。

辛うじてかわすと、すぐに後ろを取られて入れ替わり立ち代りビームを撃ち込まれる。だが、一発も命中しない。

明らかな威嚇射撃だ。というより遊ばれている。やろうと思えばいつでも撃墜できる…そんな余裕が感じられた。

更にこちらを追い抜くと、わざわざ目の前に背後をさらしてくる。

「畜生、バカにしやがって…!」

フェリアスは無駄と知りつつもミサイルを発射する。

避けもしない敵機にミサイルは狙い過たず命中するが、やはりキズひとつつけられない。

「くそっ!」

続いてバルカン砲を連射する。20ミリ砲発射の振動が機体を震わせ、敵機を爆煙が包む。

だが、全弾撃ち尽くしても敵は無傷だ。

荷電粒子や電磁波などは通すが、分子レベル以上の物質は選択遮断する不思議な空間…連中が“アーマー”と呼ぶその障壁は、アトランティス軍の兵器から兵士一人一人の肉体に至るまでその周囲を護っている。

わざわざ波状バリアなど展開しなくても、実体弾ならアーマーだけで充分防げる…はっきり言ってナメられているのだ。

周囲を見回すと、ブリアスの機体がビームを受けて四散するのが見えた。

フェリアスが無力感に包まれたのを見て取ったように、アトランティス機はアッという間に後ろについた。

フェリアスは必死に回避運動を続けるが敵はピタリと背後に付いている。フェリアスは絶望に包まれた。

ビームの発射音が響き、爆発音に機体が振動した。だが…

…? 死んでない…生きてる…?

フェリアスが後ろを見ると、アトランティス機が四散して落下していくところだった。

続いて、上空から別の機体が急降下してくると、フェリアスの機体を一気に追い抜いていった。

デザインは旧世界のものに似ているが、見たことのない機種である。

大きさはアトランティスの重戦闘機くらいあるが、ずっと精悍な感じだ。

機体前部に可変機能を持つらしい小型の後退翼、機体後部にはこれも可変機能を持つらしい大型の前進翼を備えていて、全体の姿は一方の尖った菱形か槍の穂先を連想させる。

胴体後部には大出力を予想させる大型の噴射ノズルが三つ並んでいる。

残った二機の小型戦闘機は自分の倍くらいもある巨大な戦闘機を挟むように追い始めた。フェリアス達を襲った時と違い、本気モードで追撃する。

だが、戦闘機はその巨体に似合わない軽快な動きで一瞬にして小型戦闘機の後ろに付くとビームを放ってまた一機を撃ち落とした。

旧世界の機体では確実に失速するだろう無茶な動きだ。

重力や慣性の法則を無視したかのような動き…フェリアスはかつて一度だけ見たムーの戦闘飛行艇の動きを思い出した。

更に、アトランティス機を撃ち落としたあのビーム…あれは紛れもなくアトランティスの熱線ビーム…。

フェリアスが考えをまとめる間もなく、機上レーダーが側面から接近する別の機体を捉えた。

もう肉眼でも確認できる。アトランティス重戦闘機が一機、小型戦闘機が三機。それらがあの正体不明の戦闘機にビームを放ちつつ突っ込んでいく。

戦闘機は機体を横転させて雨のように飛んでくるビームを鮮やかにかわしつつ逆にビームを放つと、小型戦闘機二機を一瞬にして血祭りに上げた。

続いて先ほどの生き残りと合わせて二機の小型戦闘機を叩き落とすと、重戦闘機との一騎打ちとなった。

鈍重な重戦闘機に、熱線ビームは面白いように命中する。が、装甲の厚い重戦闘機は少し揺らいだものの逆に大口径ビームを放った。

戦闘機はビーム弾を紙一重でかわして重戦闘機の後ろに付いた。

重戦闘機はその追撃を振り切れないものの、熱線ビームではとどめを刺すのは難しいだろう、とフェリアスは思った。が、戦闘機が放ったのは熱線ビームではなかった。

機体下部、胴体に埋め込まれたような溝の基部から、二発の球状のビーム弾が発射され、重戦闘機は一撃で四散した。

ムー独特の熱球ビーム…フェリアスは驚きつつ、その戦闘機の横に機を並べた。

コクピットを見るとパイロットがフェリアスを一瞥したのが分かった。しかし次の瞬間、戦闘機は一気に上昇してアッという間に見えなくなってしまった。

アトランティスの熱線ビームとムーの熱球ビーム…そして驚異的な運動性を実現するムーの可変重力推進と圧倒的上昇力を生み出すアトランティスの反重力エンジン…アトランティスとムー、二つの装備を備えた戦闘機…中央政府が開発した新鋭機だろうか?

フェリアスはしばらく呆然としていたが、やがて機体を基地へ向けた。

この時、フェリアスは全く気付いていなかった。先ほどのアトランティス戦闘機群が、彼らが仮想敵としているアトランティス基地とは全く別の方角からやって来ていたことに…。

 

その頃、旧世界の戦闘機では決して到達し得ない高度に達した戦闘機のコクピットでコンピューターの無機質な音声が響いていた。

『半径500内に第二軍の戦闘機部隊反応なし…作戦完了です、マイユール』

「捜索半径を1,500に広げて再捜索しろ。それで反応がなければ帰還する」

『了解しました、マイユール』

「…それとなワイヴァーン、俺はヴァルターだ。いい加減、覚えろ」

『その名で呼ぶ事はできません。あなたがどう名乗ろうが勝手ですが、私のお仕えするのはあくまでマイユールです』

ヴァルターはコンピューターの融通の利かなさにため息をつきつつ、巡航速度で飛行を続けた。

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