ヴァルター戦記

4.侵入

計器に示されるエネルギー反応が通常値になるのを確認して、ミソルハは第二態勢を第三態勢へ移行させて一息ついた。

砂漠を挟んで向かい合う旧軍の城砦には、最近ムーの協力により我がアトランティス製のビーム砲が配備されたというから、今の反応はそれを発射しようとしたのだろう。

旧軍の兵装なら恐れる必要はないが、我が軍と同じ装備のビーム砲を撃たれたら無事では済まない。撃たれなくて幸運だった。

一度戦端を開けば、補給が期待できない現状ではジリ貧となることは目に見えているから、戦闘は避けなければならない。

もっとも、向こうもこちらの戦力を過大評価してうかつに手を出せないというのが実情だろう。

 

ここはミソルハ・トランにあるワシ。

「トラン」は「都市」の意。「ワシ」とは本来「家」を意味する言葉だが、家長制を採るアトランティスにおいて都市とそこを治める軍事基地は代々、責任者の領土として理解されてきたため、「居城」転じて「基地」を意味するようになり、トランもそこを預かる司令官の名を冠して呼ばれるのが慣例となっている。

しかし、ミソルハはここの本来の司令官ではない。各地に群雄割拠した反乱軍の一つを率いる、若手部隊長にすぎない。

戦争末期、アトランティス第二皇子が中心となって引き起こした反乱は、帝国内部に潜在的に燻っていた厭戦気分を一気に爆発させたと言ってよい。

その頃には有能な将軍達は策略を巡らすことばかりに熱心な側近達によって僻地へと追いやられており、帝王の耳に入るのは実態を反映しない甘言ばかりだったと云う。

もしこの反乱が成功していれば、当時の第二皇子の言動から考えてムーとの和睦が成立していたのは間違いないと云われている。

しかし、もう一歩のところで第二皇子は父王の手にかかり反乱は失敗に終わった。

だがこの反乱は、圧倒的優勢であったアトランティス軍の秩序を瓦解させ、結果としてムー側の帝国中枢への侵入を容易に許して帝国の崩壊・海没へと繋がったのである。

一方、第二皇子という求心力を失った反乱軍は分裂し、既に世界各地に建設が進んでいたワシをそれぞれの根拠地として現在に至っている。

 

ミソルハはただムーだけを警戒すれば良いのではない。同じアトランティス軍でも、帝国を復興させようと画策している旧帝国派も安心できる相手ではない。

何と言っても、反乱軍は帝国崩壊の遠因なのだから。

ミソルハはこの状況を打開すべく同じ反乱軍間の連携を取ろうとしているのだが、各トランの利害もありなかなか簡単ではない。

ミソルハは連日緊張を強いられてほとほと疲れ果てていた。

 

「困っているようだな」

部下が引き上げた司令室で独り物思いにふけっている時に突然声をかけられて、ミソルハは飛び上がった。

見るといつの間に入ってきたのか、兵士の一人が傍に立っていた。

一兵卒にしてはぞんざいな口の利き方である。少しムッとしながらミソルハは兵士を見た。

見覚えのない兵士である。まあ、千人以上居る兵士の一人であれば無理もないが…。

細身の体に頬骨の張った痩せた顔。更に細い目は鋭い光を放っている。

「お前は…?」

兵士の目を見た瞬間、不思議なことにミソルハには兵士を詰問しようとする気が失せていた。認証の問題があって、一兵士が許可なく司令室に入ることなどできないのに…。

「いいことを教えてやるよ。あの旧軍の城砦にはビーム砲が一門しかないんだぜ」

たったの一門…それならここの戦力で充分制圧できる…。

「それに、ネオ・ヒラニプラから食糧の供給があったばかりだ」

アトランティスの海没とムーの再浮上に始まる地形の大変動と気候の激変で、食糧生産は壊滅的な状況だ。食糧は喉から手が出るほど欲しい。

「来月になると、あの城砦にはムーの正式装備が配備される。そうなったら、ここの戦力だけじゃ制圧は無理だろうな」

「…待て、どうしてそんなことを知っている…?」

ミソルハは朦朧とした意識の中で、辛うじてそう口にした。

「お前が行動を起こせば、旧帝国派の中にも味方に付く部隊が出てくるだろうな」

ミソルハがわずかに抱いた疑問は、兵士の言葉にかき消されてゆく。

「第一態勢に移行だ。全兵士に召集をかけろ…」

第一態勢…戦闘態勢である。

確かに目前の城砦を制圧して食糧を得ることはできるかも知れない。しかし、その結果としてムーとの対決となることは間違いない。

このトランが生き延びるためには他のトランとの協力が不可欠である。アトランティス反乱軍、また旧帝国派をまとめて、ムーとの全面戦争…?

だが兵士の言葉に促され、ミソルハの手はゆっくりとコントロールパネルに伸びてゆく。

兵士はミソルハの指先を冷たい目で見つめていた。

 

と、猛烈な突風が吹きつけたような気がして、ミソルハは我に帰った。

見ると先ほどの兵士が弾かれたように司令室の隅に移動していた。そしてどうやって侵入したのか、もう一人、見慣れない男が立っていた。

マントを羽織った、中肉中背の青年…。

我が軍の者ではない…というのがミソルハの第一印象。この青年があの怪しげな兵士に攻撃を加え、兵士がそれを回避した、らしいのだが…。

「貴様…何者だ?」

両手にナイフを構えつつ訊く兵士に、青年は一言、

「…ヴァルター…」

と、呟くように言った。それがこの青年の名だろうか?

次の瞬間、兵士はダッシュしてヴァルターへと突進した、というのはミソルハが後で思い返したことで、実際には兵士が床を蹴った次の瞬間にはヴァルターの胸元に飛び込んでいたと言った方が正しい。

だが、一瞬にして串刺しにされたかに思われたヴァルターに兵士のナイフは届いておらず、逆に兵士の体はビーム剣で貫かれていた。

そのままヴァルターが手首を反すと兵士の体は切り裂かれ、跡には焼け焦げた残骸が残っているだけであった。

ヴァルターがビーム剣を懐に仕舞うと、ミソルハは我に帰って声をかけた。

「…助けて貰った事については礼を言う」

結果的にはヴァルターに助けられたのだが…だからといって信用はできない。

「お前、何者だ? このワシの者じゃないな。旧帝国派か? それともムーの人間か?」

「…俺はムーでもアトランティスでもない」

「だったら何だ? それに今、お前が倒したこの男も…」

アトランティスの警備システムを突破してワシの中枢まで侵入するなど旧軍の連中には不可能である。ムーかアトランティス、どちらかしかあり得ない。

「あんたが知る必要はない。それに、別に助けたわけじゃない。戦争を始められちゃ困るんでな」

そう簡単に答えただけで部屋を出てゆくヴァルターを、ミソルハは追いかけた。

ヴァルターが出たドアから飛び出すと、ミソルハは数名の兵士と鉢合わせした。

「…司令」

「おいっ、今ここから出た男を追え! ひっ捕らえるんだ!」

が、兵士達はお互いに顔を見合わせた。

彼らによると、ミソルハが出てくる前に司令室から出た男はいなかったのだと云う。司令室前の廊下は見通しが良いので見間違えようもない。

 

ミソルハが狐につままれたように呆然としていた時、ヴァルターはワシの外縁部、城壁の傍に強い風に外套をはためかせながら佇んでいた。

ヴァルターの眼前には、ワシを取り巻くように広がるトランの町並みが広がっていた。

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