ヴァルター戦記

3.陰謀

ムルコスは同僚のターナーと砦の見回りをしていた。陽は暮れ、辺りはすっかり薄暗くなっていた。

砦は大地殻変動で隆起した台地に築かれている。

砦の東側には倒壊したビルを流用した防壁に囲まれたマランの町が広がっている。

ここには戦前、地方都市があったが終戦時の天変地異でほとんど廃墟と化してしまった。

しかし戦後、アトランティスの収容所から解放された人々が集まり、わずかに残ったライフラインを頼りに生活していた。

人々は自衛のために旧軍関係者を募って自警団を組織していた。二人もそんな元兵士たちだった。

砦の西端に来ると、ムルコスはそこに据え付けられた巨大なビーム砲を見上げた。これは中央政府の助力を得て、アトランティスから奪い取った兵器である。

それが砦の西端にあるのには理由がある。肉眼では認めるべくもないが、砦の西方約45kmには旧アトランティス軍の基地が生き残っているのである。

あからさまにアトランティス基地に向けられてはいないが、有事の際にはいつでも攻撃できるように整備は怠りない。

 

「ここに来るとこいつを連中にぶち込んでやりたくなるな」

ターナーはムルコスの、いやマランの人々皆の気持ちを代弁するように言った。

今の時代、アトランティスに親兄弟や友人知人を殺されていない者など皆無と言ってよい。恨むなというのは無理というものである。

だが…ムルコスは咎めるようにターナーを見つめた。

「わかっているさ…冗談だよ。半分、な」

ターナーは苦笑しつつ前言をあっさり撤回した。半分、か…。

 

中央政府は、あの戦争の責任は悪名高きアトランティス邪王にあったのであり生き残った兵士に罪はない、と表明している。

兵士一人一人には戦争犯罪を問わないからと門戸を開くように呼びかけているのだが、人民の中にはそれを弱腰と見て不満を抱く者も少なくない。

また、アトランティス基地の城門の向こうに未だ捕らえられたままの人々は強制労働に従事させられているとも言われており、それを解放すべしとの声も高まっている。

だが、一度戦端を開けば泥沼の戦闘に突入することになるのは目に見えているから、中央政府は直接対決を避けているのだ。

それにいざ戦闘となれば中央はともかくここが真っ先に叩きのめされるのは判っているので、誰もが衝動にかられつつも最後の理性で引き金を引けないでいた。

ムルコスはそんな想いを胸にアトランティス基地がある方角を睨むように見つめた。

と、背中で一瞬うめき声が聞こえた。振り返ろうとした瞬間、ムルコスは首に細い紐が絡まるのを感じ、気が遠くなっていった。

 

気がつくとムルコスは手足を縛られて倒れていた。隣を見るとターナーがやはり縛られた状態で気がついたところだった。

辺りを見回すと四つの人影がビーム砲に取り付いて何かやっていた。

「何だ、お前らは? アトランティスか?」

ムルコスの質問に男たちは答えなかった。

一体…こいつら、どこから侵入してきたんだ? 砦の要所要所にはムーのセンサーが取り付けてあるので、アトランティスといえども簡単には入り込めないはずなのだ。

「殺すのか? 俺たちを」

ターナーの言葉に男たちの一人が答えた。

「殺しはしない。用事が済んだら解放してやる」

用事…? ムルコスが男の後ろに目をやると、ビーム砲が腹に響くような音を立てて起動した。そしてビーム砲はその砲身をゆっくりとアトランティス基地へと向けたのである。

「な、何をする気だ!?」

「…撃ちたかったんだろう? こいつを、あそこに」

起動したビーム砲はその砲身にエネルギーを流し込んでいく。

「や、止めろ! そんなことをしたらどうなるか…!」

本国がなくなって往時の戦力は維持できてはいないだろうが、それでもアトランティス軍の戦闘力は侮れない。まして、ここにはこのビーム砲を除けば旧軍の装備しかない。

旧軍装備の砲爆撃など、アトランティスの兵器に対しては戦車に投石器で挑むようなものだ。

ネオ・ヒラニプラにはムーの武器を要求しているが、来月にならないと新装備は届かない。今の状態でアトランティスと交戦すれば、マランの町共々なす術もなく全滅してしまう。

…いや、ビーム砲が起動したこと、そして砲がアトランティス基地に向けられていることはマランの本部にもわかっているはず。それならビーム砲へのエネルギーをカットしてくれるに違いない。

だがこの時、ムルコスには知る由もなかったが、本部は三人の兵士たちに制圧されていたのである。誰も止める者がないままにビーム砲へエネルギーは流れ込み続けた。

 

ついにビーム砲は発射の秒読みに入った。

「何なんだ、お前らは!? こんなことをしてどうなると…!!」

ビーム砲の先端、水晶の結晶のような形状の部分が半透明になると、強い光を発した。もうだめだ!

が、急に光が失われてビーム砲はその動きを止めた。

「どうしたんだ、一体?」

ムルコスとターナーが思わず顔を見合わせた時、男たちは本部を制圧していた仲間の兵士たちが一瞬にして倒されたことに気づいていた。

この時、本部で拘束されていた男たちはたった今、この得体の知れない兵士たちをあっさりと倒した男が立ち去ったドアを呆けたような表情で見つめていた。

 

兵士たちが意識を離れた仲間たちから自身へと引き戻した刹那、一陣の風が吹いたように感じられたかと思うと、ビーム砲に取り付いていた男の一人が弾き飛ばされて床に叩きつけられた。それと同時に、他の三人はビーム砲から飛びのくと一斉にナイフを投げつけた。

ナイフの飛ぶ先に立っていた一人の男が、必要最小限の動きで雨のように飛んでくるナイフを見事に交わすと手にしたビームの刃を煌かせ、男は床を蹴った。

男はまるで背中に見えない翼があるように宙を舞うと、次の瞬間には残る三人がバタバタと床に落下してきた。

男はビーム刃を切ると懐に仕舞った。

「…お、おい」

ムルコスの言葉に男は振り返った。暗がりの中で顔はよく判らないが、どうも若い男のようである。中肉中背、ここの兵士ではないようだ。

男はスッ、と手をかざすと、ムルコスとターナーを縛っていた縄が弾けるように切れた。

「一体何だ、お前は?」

縄が食い込んでいた手足を擦りながら問う声に男は答えた。

「俺か? 俺の名は…、ヴァルターだ」

「名前なんかどうでもいい! 一体お前は…」

そこへ兵士たちが駆け付けてくる足音が聞こえてきた。

ヴァルターはそれを聞くと防壁に飛び上がり、そのままダイブした。

防壁の外は10mの絶壁である。ムルコスとターナーは慌てて防壁に駆け寄って下を見たが、そこには人影は既になくなっていた。

二人は狐につままれたように陽の暮れ落ちた荒野を見つめるだけであった。

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