ヴァルター戦記

1.戦士ヴァルター

一面の不毛の大地をトラックが装甲車の後について走っていた。

ムーとアトランティスの最終戦争後、再浮上したかつてのムーの大地である。

新首都であるネオ・ヒラニプラ周辺は戦後約三年を経た今、ムーの技術により小さな森すらできるほどに環境が回復している。しかしそこを一歩離れると、まだまだ不毛の大地が広がっていた。

トラックの中にはネオ・ヒラニプラへと向かう人々と彼らの荷物、新首都建設に必要な物資が満載されていた。

最終戦争を生き延び、復興に向かう時代にもかかわらず、人々の表情はさして明るくなかった。

最近、トラックが度々何者かの襲撃を受けているのを皆が知っているのだ。

「おい、このトラックは大丈夫かな?」

不安を振り払おうとするかのように一人の男が隣の男に話し掛けた。

「さあな…週に一度はどこかでやられているからな。だからって乗らないわけにもいかないしな…しかし一体何者かな?」

「そりゃ、アトランティスの残党に決まっているだろう」

「いや、旧軍くずれの山賊かもしれないぜ。…あんたはどう思う?」

男は向かいに座っていた青年に水を向けた。

青年は軍服を着込んだ体を茶色のマントに包んだまま、視線を男に向けた。

「さあな…」

青年はそっけなく答えると再びうつむいた。

「おい、よせよ。あいつも旧軍関係者だぜ」

「だけど、このトラックを護衛しているのも旧軍関係者だぜ」

一応、人々もそれなりに自衛策を講じてはいた。実際、前を行く装甲車もトラックの護衛についているのだ。

だが、再生なったばかりの新政府には全土の治安を維持する力はまだなく、また神出鬼没の襲撃者を捉えることもできず、無力な人々の屍を不毛の大地にさらす結果となっていた。

ネオ・ヒラニプラを出入りする人々はまさに殉教者の心境で旅立たざるを得なかったのである。

ネオ・ヒラニプラまであと2時間といったところであった。人々はただひたすらに今回の旅が無事に終わることを願っていた。だが、その望みは叶わなかった。

突如、護衛の装甲車に砲弾が命中した。大破して停止した装甲車を避けようとしてトラックは横転し、荷物をばら撒きながら止まった。

幸い、火は出なかったものの傷だらけになった人々が恐る恐る外を伺うと、周りは数人の兵士に囲まれていた。

人々は一人ずつ外に引きずり出された。周りには兵士が油断なく人々を見張り、少し離れた所には戦車まで控えており、逃げ出す隙はない。

と、先ほどの青年が突然ジャンプした。間髪入れずに両側にいた兵士が手に持った槍で青年を串刺しにした。が、兵士達が貫いたのは青年の羽織っていたマントだけであり、次の瞬間には青年の手から飛んだナイフが兵士を打ち倒していた。

他の兵士達はそれを見ても全く動じることなく整然と反撃の態勢を整えた。それを見ただけでも、彼らが通常の兵士ではなく特殊な訓練を積んだ特殊部隊であることが窺い知れたが、人々には知る由もなかった。

しかし、続いて青年の投げるナイフが複雑なカーブを描いて狙い過たず兵士達を次々に葬っていった。

兵士達の長とおぼしき男だけがナイフをたくみに指で受け止めた。

「なかなかやるな、若造…だが!」

男の体中から鋭利な刃が何十本も突き出してきた。

だが、青年は表情を変えることもなく無造作に男に近づいていった。

そのあまりの無防備さに、男の方がかえって慌てた。

「くっ、切り刻んでやるわ!」

男は青年に向かって跳びかかっていった。

二つの影が一瞬交差した。そして次の瞬間、男は地面に叩きつけられていた。

男には一瞬、何が起こったのか分からなかった。見ると、男のハリネズミのような体から左手・左足が切り飛ばされていた。

男は青年が手に持っている剣を見て一瞬、混乱した。

(ビーム剣?いや、違う…まさか…奴は…)

それを見た生き残りの兵士は戦車から機関銃を青年に向けた。

しかし兵士が発砲するより早く、青年の手にした剣が槍に変形して宙を飛び、機関銃ごと兵士を貫いていた。

続いて、戦車の砲塔が回り、青年を向いた。青年は極めて落ち着いて、だが手際よく懐から大型の拳銃を取り出すと弾を出して別の弾を込めなおした。そして腰を低く落としその拳銃を両手で構えると戦車に向けた。

青年が発砲する前に、戦車の砲が火を吹いた。が、戦車の砲弾は命中直前の一瞬、奇妙にその軌道を変え、見当はずれの位置に着弾した。そう、何か弾力のあるモノに当たってバウンドしたような…。もっとも、その不自然な弾道を肉眼で捉えることは普通の人間にはできなかったが。

次の瞬間、青年の拳銃が火を吹くと弾丸はにぶい音とともに装甲を軽々と撃ち抜いて戦車をただのスクラップに変えた。一見、ただの大型拳銃にしか見えない銃から放たれた弾である。常識で考えればそんなものが戦車の装甲を貫くことは考えられない。

理屈の上では、桁外れに重い弾をとてつもないスピードで発射すればそれも可能である。だが、その発射の衝撃に耐えられる体など…。

爆発の衝撃で戦車から跳ね飛んだ槍が青年の手元に戻り、一瞬で元の剣に変わった。ビーム状の刃を収めるとそれはただの棒にしか見えなかった。

左手・左足を失った男は、一部始終を見て全てを理解した。

「そ、そうか…そうだったのか…」

青年はチラリと男を見ると、拳銃を懐にしまってゆっくりと近づいていった。

「お、お前は…マイ」

そこまで男が言いかけたところで青年の剣が再び槍に変化して男の頭は四散していた。

一瞬にして襲撃者を葬った青年を人々は声もなく見つめていた。

青年は人々には目もくれず、横倒しになったトラックに近づくと手をかけて軽々と引き起こした。

穴の空いたマントを再び羽織ると、青年は人々に向かって言った。

「修理は自分たちでやれ」

それだけ言うと青年は人々に背を向けて歩き出した。

「お、おいどこに行くんだ?ネオ・ヒラニプラはまだ…」

トラックの運転手がやっと気がついたように声をかけた。

「俺の用事はもう済んだ」

青年はそれだけ言うと再び歩きだした。

用事…?人々は回りにころがっている兵士たちの骸を見回した。

「い、一体何なんだ、あんたは?」

乗客のひとりがかろうじて声をかけた。

「俺か?俺の名は…ヴァルターだ」

青年はふと足を止めてそう名乗ると再び背を向けて歩きだした。

人々は声もなくその後ろ姿をいつまでも見送っていた。

やがて強い風が埃を舞い上げて人々の視界を一瞬奪った。そして埃がおさまるとヴァルターと名乗った青年の姿はどこにもなかった。

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